果て無き空と存続の立証│目指せ、金メダルっ!

「蓮ーーっ!《
 青く晴れ渡る蒼穹に響く蝉の声が残暑の厳しさを引き立てる。
 万緑の木々を揺らす風が吹き抜ける静かな日本家屋に、やや幼い、中性的な声が上がった。
 縁側を走る騒々しい足音が、静寂を強制終了させる。
 再三蓮の吊を呼びながら襖を開けていると思われる音が数回聞こえた後、ばたばたと音を立てて刹那がこちら――蓮が涼んでいる、庭に面した縁側にやって来た。
「蓮っ! ここにいたのかっ《
「うっせーな。何か用かよ?《
 探し人を見つけて喜びの表情を浮かべる刹那に対して、日陰になった縁側でかき氷を食べながら暑さを堪え忍んでいた蓮は上機嫌そうな顔をしている。
 そんなことはお構いなしに、刹那は手に握りしめていたものを彼の顔前に広げた。
「ほらこれっ!《
「……オリンピックか《
 しわの寄った新聞紙の一面に載っていたのは、つい先日閉幕したオリンピックの記事。金メダルを獲得したと思われる外国人選手が、表彰台でガッツポーズをしている。
 くしゃくしゃになっていてよく読めないが、見出しには誰とか選手が悲願の金メダルを獲得したとかそんな感じのことが書かれていた。
「これがどーしたんだよ?《
「知ってるか? オリンピックには射撃の競技もあるんだって!《
何を言いたいのか全く分からずに怪訝そうな顔をする蓮に、刹那は嬉々として語り出す。
「でさ、蓮って射撃得意だろ? だから今度のオリンピックに出て、金メダルとってよ! そんでおれにちょーだいっ《
「はぁ?《
 えへへー、と笑いながら手を差し出してくる刹那。
 金メダルが欲しい?
 どうして突然そんなことを言い出したのか?
「つかそれなら自分でオリンピックに出てとって来いよ《
「えーっ、だって剣道は競技種目に入ってないんだぞ?《
「じゃぁ種目になってるのやれよ。自分で金メダルとらないと意味ねぇだろーが《
 ため息をつきながらの言葉に、返ってきたのは驚くべき言葉だった。
「いーんだよっ。おれは金メダル食べられればっ。今から別の種目をやるより、蓮がやった方が早いだろ?《
「……お前、今何つった?《
「? だから蓮がやった方が……《
「そこじゃねぇーよ《
 金メダルを食べる?
 何を言ってんだ、このアホは? もとからちょっと頭がヤバかったが、とうとう完全に狂ったか?
 ただでさえきつい蓮の視線が、輪をかけてきつくなってゆく。
 しかしその目を向けられている当の本人は、何を思われているかなど露知らず、金メダル食べたいなぁとかなんとか言っている。
 しばしの沈黙の後、蓮がようよう口を開いた。
「お前さ…金メダルが食えると思ってんの?《
「食べられるに決まってんじゃん! ほらっ、証拠だってあるんだぞっ《
 ややむっとした口調になった刹那は、頬を膨らませながら先ほどの金メダリストが写っている新聞記事の写真を指で示す。
「これみろって! この人、金メダルかじってんだろっ?《
「……《
 刹那が指さした写真では確かに男が金メダルをかじっていた。
 どうだ、と言わんばかりの刹那に、蓮は呆れたような目をする。
「……その金メダルが食えるとか言う馬鹿げた話、誰から聞いた?《
「だからホントに食べられるんだって! 教えてくれたのは智樹だよっ《
 蓮の言い草に再び膨れる刹那は、智樹が教えてくれたという話をしゃべり出した。
「金メダルはね、ホントはクッキーで出来てるんだって! そんで、すっごくおいしくて、マジで金メダル級のおいしさで、金メダルをとらないと食べられないんだって! この新聞も智樹がくれたんだっ《
「ほー《
 完璧騙されてるな、このドアホ。
 意気揚々として、おまけに綺麗な闇夜の瞳をこれでもかと言わんばかりに輝かせて、刹那は新聞片手に説明した。
 蓮の視線に含まれている感情は、全く読みとれていない。
「だからさっ、蓮っ。金メダルとって、おれにちょーだいっ《
 クッキー大好きな刹那は、もう満面の笑みを浮かべていた。
 ……末期だな、こいつ。
 既に誤解を解くことも面倒に思えてきた蓮は、そのまま放っておくことにした。





 後日。
「智樹ぃっ! 蓮がオリンピックに出てくんないから金メダル食べらんないーっ!! おれ、今から陸上部に入って、オリンピックで金メダル目指すっ!《
「は? 金メダル食うって……刹那、お前まだあれが嘘だって気付いてないの?《
「え゛っ!? 嘘なのっ!?《




  ―END―